チーム訪問

2016/11/1
福岡第一高等学校
福岡県

福岡第一 【vol.1】 井手口孝監督 コーチングフィロソフィー

開校60年目の節目の今年、7年ぶり3回目のインターハイを制した福岡第一。
インターハイ優勝3回(2004、2009、2016年)、ウインターカップ優勝1回(2005年)準優勝4回など全国、九州の強豪校として名をはせる。
そんな福岡第一に強さの秘訣を探りに行ってきました。

福岡第一ってどんな学校?

学校創立は昭和31年(1956年)。学校法人都築学園 福岡第一高等学校は、今年で創立60周年を迎える。「第一」という校名は、仏教の「第一義諦」に由来。もっとも優れて尊い個性やアイデンティティの意味。欧米、アジア、アフリカの世界の国々から留学生を受け入れ国際交流の環境を大切に、国際科、普通科、音楽科をはじめ多岐にわたる学科がある。

男子バスケットボール部は1994年、パラマ・バスケットボール塾から6月には正式な部のスタート、井手口監督就任5年目の1998年にインターハイ出場。ディフェンスからの速攻を武器に、激戦区・福岡で頭角を現した。大学、B.リーグで活躍しているOBも多い。


福岡第一高校HP
http://f.f-parama.ed.jp/

井手口孝監督 コーチングフィロソフィー

キーワード①
「日本一を目指すよ」と創部当時から話していました。


――井手口先生がバスケットの指導者になろうと思ったきっかけから教えてください。

中学の先生の影響で、将来は体育の先生になろうかなぁと思い、日体大に進学しました。体育の先生って日体大出身の人が多かったので、単純に日体大に行けば体育の先生になれると思っていたのですが、甘い考えでしたね。


当時の日体大バスケ部はすごい選手ばかりで「なんじゃこら!」の世界で。これはもう指導者として生きるしかないなと思ったのがきっかけです。大学時代に、玉川聖学院(女子)のコーチも始めました。
卒業後に中村学園女子への採用が決まりましたが、最初はバスケ部の顧問になれなかった。3年目でようやくバスケット部の顧問になれたのです。

――中村学園から、福岡第一へ移動された?

中村学園女子でウインターカップ優勝を経験しましたが、上に何人か指導の先生がいらっしゃる状態で、ずっとそれではつらいな、と思ったところに話を頂きました。たまたま中村の吹奏楽部の先生が第一に移られたタイミングでもあって、短大に席を移したのです。1年間短大にいたあと、福岡第一高校に誘われて今に至ります。

福岡第一では、今も土曜日に「パラマ塾」といって自分の好きなことをやりましょう、という日がありますが、そこに僕が来たので、パラマ・バスケットボール塾が創設されました。最初のころは長谷川誠(現・秋田ノーザンハピネッツヘッドコーチ)を何回か講師に呼んでいたりもして。男子のバスケット部がないから、好きな子たちを集めたら100人くらいになってしまった。そうして、男子バスケットボール部ができたわけです。1994年の6月でした。

――ヘッドコーチになって5年目にインターハイに出場されたのでしたね。

インターハイに出たのは1998年。練習を厳しくしたらやめる子が続出しましたね。パナマ塾で集まった子たちが100人いたのが、最後は3人になりました。

――最初にどういうチームを目指したのですか。

この学校に就任が決まった時に現在の都築校長が僕の履歴書で、中村学園女子でバスケットに関わって3年目で優勝したくだりをみて、「ほぉ、3年で日本一やね」と言われました。中村を出てきたからには、ここで何とか頑張りたいという気持ちがありましたし、「日本一を目指すよ」と創部当時から話していましたね。日本一になるよといっても、当時の子たちは困ったでしょうね。今ではその子たちと飲みにいったりしますが、「先生ならきっとやると思っていました!」とか言います(笑) でも、きつかった、とも言われますね。

キーワード②
デイブ・ヤナイさんとの出会いが大きな転換期に


――今の福岡第一スタイルにつながる大きな出会いがあったとか?

2000年にチームでアメリカ・ロサンゼルス遠征に行って、デイブ・ヤナイさんと会いました。約2週間、デイブさんのクリニックを受けました。そのクリニックでの指導方法に、目から鱗が落ちました。それが大きな転換期になりました。

――デイブさんからどんな影響をうけましたか?

「ディフェンスというのはね、ボールを5人で守ること」と言われたのが衝撃的でした。当たり前のことなんですけどね。
「厳しいディフェンスは簡単なオフェンスを作りだす。」いいディフェンスをすれば、より簡単なオフェンスになるのだと非常に説得力のある言葉でした。
日本で見るプロのコーチとは一線を画した、プロのコーチでした。初めて会った子どもたちも、すぐに心を掴まれていましたね。練習中に僕を見てくれない。彼女を取られた気分でしたね(笑)
人を惹きつけていく力、バスケットの理論、ドリルの数、練習一つひとつの声のかけ方、しぐさとか、今まで自分は何をしていたのだろうかと、何もかもが衝撃でした。

――日体大や中村学園時代、そしてデイブさんから学んだことを自分なりのオリジナルな理論、昇華したものになって現在がある?

さらには、和さん(中村和雄。元女子日本代表監督。鶴鳴女子~共同石油~オーエスジーなど監督・ヘッドコーチを歴任)を知って、影響を受けました。明成の佐藤久夫先生にも影響を受けています。年を重ねるごとに、バスケットに対して取り組む時間がむしろ増えています。
今はバスケットに関わることが楽しくてしょうがないですよ。インターハイが終わってから、まだ個人で1日も休んでいません。逆にタフになってきています。練習時間が長くなって、教えることが増えて、子どもたちは大変ですね(笑)。


取材・文:清水広美 / 写真:清水広美、一柳英男


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