チーム訪問

2017/09/7
神奈川県立元石川高等学校
神奈川県

元石川 【Vol.3】 支える人 新部優季/中村結花/髙橋風由 マネージャー

元石川高校の女子バスケ部を「支える人」として、マネージャーの新部優季さん(2年)、中村結花さん(1年)、そして最近、トレーナー兼マネージャーになった髙橋風由さん(2年)の3人を紹介します。

一人ひとりが課題をもって練習に取り組んでいる元石川高校。現在はウインターカップの神奈川県予選に向けて練習に励んでいる

新部優季(マネージャー/2年)
Yuki NIBE

熱心に練習する選手たちに惹かれ、
マネージャーを決意

 中学ではバドミントン部に入っていたので、バスケ歴はありません。元石川高校に入学後、友人に誘われてバスケ部の練習を見学しました。その時に熱心に練習する選手たちの姿を見て、マネージャーになることを決意しました。選手を一番近くで支える存在としてのマネージャーに魅力を感じたのです。

 女子部員21名に対して2名のマネージャーは少ないので、練習ではボトルの用意のために2人で体育館を走り回っています。夏場は熱中症や鼻血を出したりしやすく、水分補給やケガ、体調不良には特に気を配っています。一人ひとりのケガも異なるので、それぞれに見合った処置をするのが大変ではありますが、やりがいも感じます。

強いチームになるために、
お互いに指摘し合える間柄だった3年生

 6月の関東大会出場はチームの目標だったので、客観的に見てもそれを達成した先輩方はすごいなと思いました。みんながまじめに練習に取り組んできた努力が報われたなと感じました。元石川は高校全体がまじめな校風ですが、バスケ部は中でも一番強く、熱心に練習に取り組んでいる部。一人ひとりが自分の目標を掲げて挑戦しています。声出しも一生懸命にやるし、がんばりが伝わるチームだと思います。毎日の練習でも、1つ1つのメニューに対して何が求められているのか、一人ひとりがよく考えながら取り組んでいるのがよく分かります。

 特に3年の先輩方は、コートの上では友達ではなくよきライバルとして必要なことはいつも言い合っていました。そんな風に「いい合える」ことはすごいことだなと感じています。私たち2年生には、まだそこが欠けています。積極的に発言する選手もいますが、まだ自分の考えを言えない選手もいる。先輩たちが引退したら、自分たちの代になります。だからこそ今、2年生の中ではコートの中でもコートの外でも遠慮なく言い合えるようにしていこうと、ずっと話し合っています。

バスケ歴はないが、元石川のバスケ部に惹かれてマネージャーになったと話す新部さん

先輩たちを超えられるように、
マネの仕事を頑張りたい

 1つ上の先輩方が関東大会に出場できたのは、深野葵さんというマネージャーさんの存在も大きかったと思います。私たちも先輩たちを超えられるように、私自身はマネージャーとしえチーム全体に気を配って、緊張感と思いやりをもって、毎日毎日の練習に励んでいきたいと思っています。

◆将来の夢:人を支えられる仕事に就きたい

中村結花(マネージャー/1年)
Yuika NAKAMURA

バレー部のマネージャーさんに接して
縁の下の力持ちの仕事を決意

 小学6年のときにバスケットボールクラブに入っていて、週1回の練習をしていました。中学でもバスケ部に入部しましたが、チームは弱く、私自身も体力がなく器用ではなかったので、主力ではありませんでした。元石川高校は、バスケとは全く関係なく進学を決めました。

 入学して部活に入ろうと思っていた時に、友人に誘われバレーボール部の練習を見学しました。その時にマネ-ジャーさんにいろいろ世話をやいてもらい、「マネもいいよ」と言ってもらいました。元石川のバスケ部は強いと聞いていたので、選手としてついていけるか不安で入部は考えていませんでした。でも、バレー部のマネとの出会いによって、バスケ部のマネージャーならば自分にもできるかもと考え、バスケ部に入部しました。

 マネージャーの仕事はいろいろありますが、目立たず、縁の下の力持ち的なポジションです。夏場などは熱中症を防ぐためにボトルをあちこちに起きますが、新部さんと2人だけなのでいつも体育館の中で走り回っています。みんなから「ありがとう」と言われたり、見学に来てくださる保護者の方から「お疲れさま」という言葉をもらったりすると、とてもやりがいを感じます。

一人ひとりに芯があり、刺激を受ける毎日
落ち着いて行動できるのが目標

 元石川はすごく強いチームだと感じています。技術面だけでなく、一人ひとりに芯があり、人として強さがあります。特に関東大会出場を遂げた3年の先輩たちは、目標に向かって日々、頑張ってきました。自分もそれを間近で見ていて、すごく刺激を受ける毎日でした。マネとして私も頑張らなくてはと思え、そうした仲間と同じチームだと思うと、とても誇りです。

 6月の関東大会は、マネとしてまだ慣れていない時期で、いろんなことで慌てました。でも、2年の新部さんや3年の深野葵さんは、どんなことがあっても落ち着いて1つ1つの仕事をこなしていました。それを見て、どんな時でも沈着に行動することの大切さを学びました。

 私が目指すのも、先輩方のように常に落ち着いて対処できるマネージャーです。みんなから頼りにされる、信じてもらえるマネージャーになれるように、これからもチームを支えていきたいと思っています。

◆将来の夢:人を助ける仕事に就きたい

髙橋風由(トレーナー兼マネージャー/2年)
Fuu TAKAHASHI

ケガで思い切り練習できなかった中学時代、
内藤先生の言葉に惹かれ、元石川高校に

 小学校2年のときに姉がミニバスをやっているのを見てカッコいいなと思い、自分もミニバスを始めました。中学でもバスケット部に入ったのですが、3年のときに左ヒザの前十字靱帯を断裂し、手術を受けました。その後、引退試合に向けてリハビリに励む毎日を過ごしました。

 ケガのために中学で思い切りバスケをやれる時間が少なかったため、高校進学にあたってはバスケットが強いチームでやりたいと思っていました。母が県内の高校でベスト8に入るチームを調べてくれ、ミニバスの時の先生からも内藤学先生のことを聞きました。その恩師から「バスケの知識がとても豊富で、強い影響を受けた指導者」とうかがい、元石川の練習を見学しました。

 その日は1対1でガツガツと練習している様子を見学。途中、内藤先生が「敗者には順番は来ないぞ。だから勝つしかないんだ」と言った言葉がとても印象深く、この先生の下でバスケットをやりたいと思い、進学を決めました。

病気のために現役続行を断念、
自分の経験を生かしてトレーナーに

高校入学の直後もヒザに入れたボルトを抜く手術をしたために、再びリハビリの日々が続き、本格的にチーム練習に参加できたのは1年の夏ぐらいからです。また私自身、小さい頃から病気を抱えていて無理ができない身体でしたので、体調と相談しながら練習に参加してきました。

 そんな私に内藤先生はヒザのことも体調のことも気にかけてくださり、ついついオーバーワークになる私に、「無理はするな。そういう頑張り方は違うぞ」と、よく声をかけてくれました。これ以上、無理ができなくなったために今年7月に選手を引退し、トレーナー兼マネージャーという仕事をいただきました。

 ヒザのケガでいろんな病院に行き、さまざまな対処法を教わったことで、自分でも興味をもってリハビリについて勉強していきました。その経験がこれからは生かせそうです。今は、アップのストレッチの際に全員を回り、痛いところがないか、体調はどうかなどをチェックする仕事を行っています。自分自身の経験から、ケガをした時の辛い気持ちも分かるし、具合が悪い人も気持ちもよく分かるので、トレーナー兼マネージャーの仕事はやりがいを感じます。

 現役を断念した時、未練が残らないかと母が心配してくれましたが、ミニバスの恩師に、「いいマネージャーがいるチームが勝てるんだよ」と言ってもらい、マネージャーやトレーナーの存在の大きさを改めて感じました。だから、今はスッキリとした気持ちでこの役割に取り組めています。

 これからは一人ひとりの選手がコートで思い切りプレーできるように、ケガをさせない努力をしていきたいです。汗で滑ったりしないようにコートを拭いたり、選手のプレーの特長を知り、体調管理やケガの状態をチェックしていく役目を担うことになります。今後も自分なりに勉強を重ねて、選手が気持ちよく練習し、さらに試合に臨めるように、他の2人のマネージャーたちと一緒にチームを支えていきたいと思います。

◆将来の夢:広告関係の会社で音楽に関わるデザインの仕事をしたい



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