2016/08/13

UMASUKEのバスケ今昔物語 【Vol.2】 広島インターハイ観戦

第2回 「広島インターハイ観戦に行ってきた」

UMASUKEさん、今回も今と昔の高校バスケの違いを教えてください。
―はいな。
高校バスケ観戦歴47年のワシが今まで見てきた高校バスケをお話しようかのぉ

大学ではバスケ部と落研に入ろうと思ったものの、 結局、落研は忘年会しか参加していなかった、籠球亭馬助ですじゃ。
ほほほっ。
UMASUKEと呼んでくだされ。



広島は暑かったのう。夏じゃけ、仕方ないけのう(と広島の人には怒られそうな拙い広島弁を使ってみた)。男子優勝は福岡第一、女子は桜花学園とどちらも優勝に相応しいチームじゃった。約50年近くIHを観てきて今さらながらその変化には驚かされるな。箇条書きで比較してみるぞ。

壱) 父兄の応援

わしが高校生のころは、IHの開催地が遠かったこともあり、父兄はほとんど観に来なかったな。子供の試合があっても仕事が忙しかったり、関心がなかったり。父兄による応援を見かけたことがなかったぞ。それが常連校に限らず、ほとんどのチームに父兄の応援が来ていたな。少子化で、親の関心が深まったということかのう。

弐) 控えの選手の応援方法

昔は1チームの部員数は約20数名じゃった。12名のエントリーに入れなかった部員は、スタンドでの応援に回るのだが声を揃えて応援することがまずない。せいぜい「ディフェンス!ディフェンス!」程度じゃ。
今は持ちネタのように「流れはうち」だのミニバスの応援がそのまま持ち上がってきたような感じさえする。
どこにもないオリジナルな応援を編み出してほしいものじゃ。

参) 宿舎が旅館からホテルへ

昔は私立の高校でも旅館に泊まり、狭い和室に5人ぐらいで雑魚寝をしたものじゃ。クーラーを付けっぱなしで寝て部屋全員が風邪をひいて監督に「コンディショニングは自己管理だ、よく考えろ!」と怒られたものじゃ。最近は、市内でも有数な高級ホテルに泊まる学校もいる。どうして分かったかって? あまりに暑いんで、涼みに高級ホテルのロビーで涼んでいたら知っているチームが泊まっていたんじゃよ。ほほほっ。まあ、全部が高級ホテルに泊まっている訳でなく、今でも旅館に雑魚寝というチームがあることは記しておこう。

四) 地元の中学から地元の高校ではなく、地元の中学から全国各地の高校へ

昔から地元と異なる高校へ進学するケースはあったが、ほとんどが地方から東京の高校への進学じゃ。歴代の優勝から3位までのチーム名を見ると、約50年前までは東京あるいは関東のチームが上位を占めていたからかのぅ。今では東京の中学を卒業し地方の高校へ進学するケースも多いようじゃ。寮や下宿生活しながらバスケットボールをすることは、親離れや自立心がつくなど良い面もあるが、一方で、地元の風習や習慣を知らずに地元を離れることになる。その辺も考えて、当人にとって良い結果になるようにしてほしいぞ。

伍) 留学生の増加

交通機関の発達に伴い、また為替の変動相場制の導入もあり、日本から海外へ、あるいは海外から日本へ人の交流が盛んになったのぉ。その結果、さまざまな国から日本の文化を学ぶため多くの留学生が日本へ来るようになった。中には言語能力に長けた選手もいて、母国語に加え、英語、フランス語、スペイン語に堪能で、日本語もうまくなって、日本人選手の日本語を直してあげるほどじゃ。

六) 水分補給

隔世の感があるな。「練習中、水を飲んではいけない」が昔は当たり前。理由は「水を飲むと汗がたくさん出て、それにより疲労が増す」と言われていたんじゃ。正しくは水だけの補給ではダメで「水分とともに、汗によって失われた塩分も補給しないと熱中症にかかってしまう」ということじゃな。
昔は試合の時だけ、下級生が自宅で「レモンスライス」を作って試合会場に持って行ったものじゃが、時々「砂糖入り」を持っていくと、試合に出ない上級生が先に食べて、試合に出ているメンバーがタイムアウトに食べようとしても、なくなり、下級生が怒られるなんてことがあったものじゃ。アホじゃな(笑)

他にもいろいろあるが、今回はこれぐらいにしとこ。広島からの帰りの新幹線で書いているから眠くなってきた。ふぁ~。

文:UMASUKE


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