2016/09/8

UMASUKEのバスケ今昔物語 【Vol.3】 審判の服装の変遷

第3回 「審判の服装の変遷」

UMASUKEさん、今回もバスケの歴史を教えてください。
―はいな。
今回は、オリンピックで女子の活躍に感激したUMASUKEが審判の話をしようかのぉ

大学ではバスケ部と落研に入ろうと思ったものの、結局、落研は忘年会しか参加していなかった、籠球亭馬助ですじゃ。
ほほほっ。
UMASUKEと呼んでくだされ。



リオデジャネイロオリンピックが終わって、次はパラリンピックじゃの。

アカツキファイブ女子日本代表が、予選リーグでベラルーシや地元ブラジルに勝った快進撃には、早朝だというのにテレビの前で思わず歓声を上げてしまったな。
選手のほとんどがインターハイやウインターカップの経験者ということは、高校バスケの先輩ということじゃ。後輩の君たちも2020東京五輪に向けて頑張ってほしいものだ。

ところで、オリンピックでも各国の審判員が活躍していたが、写真の審判員を見てほしい。これは1950年代初め(昭和20年代後半)の日本国内の審判員じゃ。今の審判員とずいぶん服装が違うな。

まず縦縞のレフリーカッター(ボタンで留めるYシャツタイプ)で長袖を腕まくりしているじゃろう。スラックスはグレイでシューズは黒だな。

これには日本での競技規則(ルール)の変遷が大きく関わっている。

1945年(昭和20年)8月15日に日本が第二次世界大戦の終戦を迎えた後、日本のバスケットボール界も食料や物資がない中、終戦から4か月後の1945年(昭和20年)12月には日本バスケットボール協会が再組織され、競技規則もNCAA(全米大学体育協会)制定のアメリカンルールを基本に日本国内における競技規則が制定されたんじゃ。

その際に、審判員の服装も上は縦縞のレフリーカッター、下はグレイのスラックス、靴は黒のレフリーシューズと定められた。そして1948年(昭和23年)には国民体育大会と兼ねて第1回のインターハイが福岡で開催された。当時は自分が食べる分のお米を持参しないと旅館に泊まることが出来なかったのじゃ。それぐらい日本全体が食糧も含めて物不足だったのじゃ。

しかし、1954年(昭和29年)には東京が1960年(昭和35年)のオリンピック開催に立候補(実際にはローマ開催に決定)、日本のバスケットボールが1956年(昭和31年)メルボルンオリンピックへの出場が決まり、オリンピックや世界選手権ではFIBA(国際バスケットボール連盟)制定の「国際ルール」が使われていることから、日本協会も「アメリカンルール」から「国際ルール」への変更を決め、1957年(昭和32年)から1960年(昭和35年)までは「国際ルール」をベースにそれまでの「アメリカンルール」を取り入れた形で推移。1961年(昭和36年)からは完全に「国際ルール」に変更。知っとったかなの。

ところが1960年代は、まだ日本も高度成長時代とはいえず、物も世間にあふれていたわけではなかったので、各チームもユニフォームはすり切れるまで使ったり、物を大切に使っていたころじゃった。

したがって、国内の審判員の服装も縦縞のレフリーカッター(ポリエステルが開発されてからはポロシャツタイプ移行)にグレイのスラックスというのがそのまま残ってしまったのだ。そうなると国際審判員だけが縦縞ではなくグレイのレフリーウエアを国際大会の時だけ着用することになったのじゃな。

1964年(昭和39年)の東京オリンピックの時や、その後の国際審判員のクリニックを日本で開催する際、日本国内の国際審判員受験者は、縦縞のレフリーウエアしかないのでそのまま国際審判員のクリニックを受験することになり、FIBAから派遣された講師は「なぜ、日本は国際ルールを採用しているのに、審判の服装だけ従わないのだ?」と小言を言われたそうな。しかし、審判員の服装は個人負担で、なかなかすぐには変えることができず、ようやく国際ルールの審判員の服装である「グレイ」に完全に変更されたのは1990年(平成2年)まで29年間もかかってしまったのじゃ。

現在は、国蔡ルールを受けて日本協会が定めた、上はグレイのレフリーウエア(襟なし)、下のスラックスとシューズは黒になり、女性の審判員も同じ服装になっているな。

渡邉雄太君の所属しているジョージワシントン大学などのNCAAの試合映像を観ると、今でもNCAAの審判員は縦縞のレフリーウエアを着ているのが分かるな。

審判の服装ひとつとってもこれだけ歴史があるのじゃ。それにしてもNBA、NCAA、国際ルールと、それぞれに特徴があって面白いのう。

ルールの変遷についてはまだまだたくさん書くことがあるんじゃが、今日はこれくらいにしておこうかの。リオデジャネイロオリンピックの女子日本代表の試合を録画してあるから、もう一度観ながら歓声をあげることとしよう。ほーっほっほ。

文:UMASUKE/写真:UMASUKE、清水広美


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