2017/05/12

UMASUKEのバスケ今昔物語 【Vol.8】 地域密着の希有な大会、能代カップ<その1>

高校バスケ観戦歴48年のツワモノUMASUKEさん、高校バスケの歴史を教えてください。

「はいな。大学ではバスケ部と落研に入ろうと思ったものの、結局、落研は忘年会だけ毎年参加していた、籠球亭馬助ですじゃ。ほほほっ。UMASUKEと呼んでくだされ。今までワシが見てきた高校バスケをお話しようかのぉ」

【第8回】地域密着の招待大会
30周年の能代カップを観戦して

 今年も5月の連休中に「能代カップ」に行ってきた。

 今回は第30回記念大会として例年の5月3日から5日までの3日間ではなく、一日延ばして5月6日までの4日間、チーム数も男子7チーム、女子5チーム参加と規模が大きくなっての開催じゃった。


 ワシが能代カップを観始めたのは、1992年の第5回大会からだった。当時は現在メイン会場となっている能代市総合体育館ではなく、観客席も少ない能代市民体育館で、観客が立錐の余地もないほど入っていた記憶がある。そして冬の暖房用に体育館の壁に取り付けられたガスストーブが印象的じゃった。その時から現在まで、延べ10回を超える回数、能代カップを観てきた訳じゃ。

 ここでは大会の報告は他の記者たちに譲るとして、ワシは「大会運営」という異なった視点から2回にわたって能代カップを紹介したいと思う。


招待大会は全国各地で開催されているが、30回大会を迎えた能代カップは、その中でも地元に深く根づいている点で希有な大会と言える

◆「大会運営」という視点<その1>
能代市民と行政が深く関わり、全国大会と同じ雰囲気で開催されている希有な大会

 この大会の主催は能代市バスケットボール協会と能代市山本郡バスケットボール協会。後援には能代市、能代市教育委員会、能代体育協会、秋田県バスケットボール協会及び秋田県内のテレビ・新聞各社が名を連ね、協賛としてナイキジャパンと能代商工会議所が入っている。

 この能代カップが始まる以前から、都道府県バスケットボール協会主催の高校招待大会や、高校の単独チーム主催での招待試合が全国各地で数多く開催されている。

 しかし、この能代カップのように市民と行政の能代市が深く関わっている大会は他に類を見ない。参加している各校のスタッフが異口同音に「試合をするだけなら我々にも出来るが、行政と組んだ上であれだけの観客を集めて全国大会と同じ雰囲気で行うことはとても出来ない」とい言っているのもうなずける。

 体育館前の売店や飲食物の販売は業者が行っているものの、競技運営のテーブルオフィシャルやコートキーパーは能代市内の各高校のバスケット部員が、また受付などは同じく能代市内の各中学のバスケット部員が担当。試合前の審判およびスターティングメンバーの紹介は市内の高校の放送部員が行うなど、大人のボランティアスタッフとともに、市内の高校生や中学生がそれぞれ役割をキチンと分担しながら行っている。


大会の幟(のぼり)が町中ではためいていた



 開催地の最寄駅である五能線の能代駅や奥羽本線の東能代駅にはバスケットボールのボードとリングが設置され、街のあちらこちらには「バスケの街 能代」の幟(のぼり)がはためいている。また能代カップのポスターも貼られ、市民を挙げて歓迎しているとの実感がある。これが他の都市だと、行政主導で決められたキャチフレーズが押し付けられた感があるが、ここ能代に関してはその感覚はない。それが当然のように納得してしまうから不思議だ。


能代市役所の周辺にも、歓迎の幟(のぼり)が掲げられていた


古豪復活なるか、能代工業。#5児玉海渡


会場には多くの“目の肥えたファン”が連日、観戦にかけつけ、温かくも厳しい目を地元・能代工業チームに注いでいた


◆能代カップー「大会運営」という視点<その2>は、5月13日に掲載します。

◆「レポート01」はこちら
◆「レポート02」はこちら
◆「レポート03」はこちら
◆「レポート04」はこちら

◆「能代カップ2017」大会サイトはこちら

文・写真/UMASUKE
プレイ写真/若生悠貴

★UMASUKEの今昔物語★バックナンバー

【Vol.1】能代工業のインターハイ初優勝
【Vol.2】広島インターハイ観戦
【Vol.3】審判の服装の変遷
【Vol.4】バスケットボールと英語 その1
【Vol.5】ウインターカップの歴史
【Vol.6】バスケットボールと英語 その2
【Vol.7】リングの進化によって豪快なダンクが花形に!




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