2017/02/21

トップアスリートの高校時代 オリンピアン【第5回】 山田かがり (Vol.2) 名短付高(現・桜花学園高) 1年次の苦い思い出

オリンピックに出た“レジェンド”たちはいったいどんな高校時代を送ってきたのか、昔を振り返っていただきました。それとともに、高校生プレイヤーへの熱いメッセージも。リレー方式でつないでご紹介します。ミラ(永田睦子さん)から指名されたのは、コートネームの名づけ親かがり(山田かがりさん)がリターンパスをキャッチしました。

山田かがり

(Vol.2) 名短付高(現・桜花学園高) 1年次の苦い思い出

守山中(愛知)では174㎝の高さとシュートの巧さを武器に全中8連覇を経験。名古屋短付高校(現・桜花学園高校:愛知)でも強豪チームのエースとして大活躍。実業団ではシャンソン化粧品と富士通の2つのチームで活躍した山田かがりさん。高校時代から定評があったしぶといゴール下プレイとサウスポーを生かしたシュート、さらにリバウンド、ルーズボールと、球際の強さから玄人受けするプレイヤーとして名をはせました。

日本代表としては、高校時代に世界選手権メンバーに選出され、アトランタ五輪、バンコクアジア大会に出場を果たしています。コートネームは名前のまま「かがり」。お父さんが命名したように、かつては灯台のかわりとなった篝火(かがりび)。そのあかりのように、周囲を照らし続けた選手です。一線を退いた後は指導者に転身。女子バスケットボール界を引っ張ってきた一人といえます。


Vol.2では、守山中から名短付高に進学した1年目を振り返ってもらいました。


愛知県代表として国体に出場。選抜チームが多い中、愛知の少年女子は名短付の単独チームで出場することも多かった。#11が山田選手

高校での練習にはスンナリ馴染めたが、
1年の神戸インターハイでまさかの敗戦

名短付(名古屋短期大学付属高校=現・桜花学園高校)に入ってすぐにスターターになったこととは裏腹に、また井上(眞一)先生に毎日怒られる日々となりました。でも、良かったと思うのは、眞一先生と昭(あきら)先生の2人のコーチに中学3年間、“井上イズム”を教わっていたから、当たり前ですけど、他の同級生たちよりもすんなり馴染むことができました。

他の子よりもスタートが早かったから試合にも出られたんだと思います、練習で飛び交う言葉も、簡単なバスケット用語が他の中学校から来た子たちにはわからなくて、私たち(守山中出身者)が伝えていました。私は三澤美保(名短~愛知学泉大~デンソー)に教えていました。

1年生のときはのんきなもので、「このまま高校でもすんなり優勝をするものだ」と内心思っていました。でも、まさかの敗戦を喫してしまったんです。

高1年の時は神戸(兵庫県)で春の選抜とインターハイが開催された年で(この年、3月に高校選抜大会が、12月に第1回ウインターカップが開催された)、春の時はまだ中学生で試合についていっただけですが、神戸インターハイの決勝では、加藤貴子さん(富岡高校~シャンソン化粧品)がエースの富岡高校に49-47の2点差で負けてしまいました。そのスコアは今でも忘れません。星澤純一先生(富岡高校=現・金沢総合高校~後に羽田ヴィッキーズHC)が初優勝の時です。

前日の準決勝の明星学園戦は、みんな絶好調でした。ただ、ガードの野田香さん(名短付高~日立戸塚)が目を打撲して腫れてよく見えない状態でやっていたことを、後で知りました。

それまで優勝するのが当たり前だと思っていて、大会中は体育館近くにポートピアランドという遊園地があり、その前を通るたびに「優勝したらあそこに行けるね」などと話をしながらホテルから歩いていました。

ぶっちぎりの強さで決勝まで勝ち進んだのに、決勝はロースコアでの惜敗。負けた瞬間、一気に地獄に突き落とされた感じでした。その日はホテルに宿泊して翌日に名古屋に帰る予定でしたが、先生は「3年、2年とは一緒に帰らない。1年と車(バス)で帰る」と言い出して、バスの中はずっと無言状態。1年生で試合に出ているのは私だけでしたが、先生に気軽に話しかけられるような雰囲気ではありませんでした。

1年のときからスタートメンバーだった山田選手。1つ上に守山中時代からの先輩、竹内高美選手(176㎝)がいた

国体、ウインターカップに向けて
地獄の練習が始まる

インターハイ決勝で負けてからは、地獄の練習が始まりました。そこから第1回となるウインターカップまで厳しい練習が続きました。

ウインターカップの出場権は、昔は1県1校ではなく、ブロック大会から出場するスタイルでした。でも、春(3月)の選抜で優勝している名短はスーパーシードで東海大会の決勝戦だけ。こともあろうに、その決勝でまったく身体が動かず、市立沼津にまた敗戦となってしまいました。

インターハイの後に国体があるだけで、東海大会は決勝の1試合のみ。そのために、ゲーム勘がなかなか戻らず。市立沼津の敗戦からウインターカップまで、さらにハードな練習が待ち構えていました。

高校での1年目は、こんなふうに本当に最悪でした。一昨年(2015年)、全国優勝60回という記念すべき勝利がかかったウインターカップで負けてしまった桜花学園の後輩たちが、去年のウインターカップまでどんな気持ちで1年を過ごしたかよーくわかります(笑)。

ジェットさん(富岡高の加藤貴子選手)にも怒られました。ブロック大会で2位になったために名短がノーシードになり、ウインターカップ本番では、富岡と準決勝で対戦することになったからです。試合は、ジェットさんが準々決勝が行われた寒い体育館でかぜをひいたとかで、体調がいまいちの状態。また、私たち名短の先輩方も夏に負けているので、「このウインターカップは絶対に負けられない」という意地が随所に出て、準決勝の富岡戦をぶっちぎりで勝利し、決勝の明星学園にも勝って優勝ができました。

取材・文/清水広美 写真提供/山田かがりさん

名短付は全国制覇する強豪校だったが、コートを離れると仲のよい明るいチームだった。後列左はじが山田選手

※次回のVol.3では、名短付高2年次と3年次の思い出を話していただきます。

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