2016/12/1

トップアスリートの高校時代 オリンピアン 【第1回 前編】 濱口 典子 バスケとの出会い~高校時代


全日本女子代表チーム選手リレー企画「オリンピアンの高校時代」。
オリンピックに出場した“レジェンド”たちはいったいどんな高校時代を送ってきたのか、昔を振り返っていただきました。
連載の記念すべき第1回目は、アタランタ・アテネの2度のオリンピックに出場し、
国内リーグでは、現在のJOMO・アイシンAWでご活躍された通称「マック」こと濱口典子さんです。
前編では、バスケットボールを始めたきっかけから高校時代の思い出を語っていただきました。

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濱口 典子(現姓・小磯)
前編:バスケットボールの出会い~高校時代

#7が濱口選手

バスケットを始めたきっかけ。中学校で20㎝も身長が伸びた!

2つ上の姉(優子さん)がミニバスをやっていたからです。両親が働いていて、親が帰ってくるまで家に一人で居なくてはいけなくて、姉が深堀ミニバスで楽しそうにやっていたのを見て「私もそっちに行くぅ」と。小3の時から始めたいと言ったのですが、入れないと言われ4年になるまで待って入りました。

小学校卒業する時の身長は158㎝。中学卒業する時には180㎝になっていました。中学で20㎝伸びました。ミニバスの時はスタートで出てはいましたが、実力では6番手、7番手くらいでした。母はものすごい栄養マニアでした。炭酸飲料は絶対ダメ。ラーメン、カップラーメンも食べさせてくれませんでした。ポテトチップスなどいわゆるジャンクフードは家にはありませんでした。あるのは、丸ボーロとか、栄養のある食べ物。ラーメンを食べるなら薬局で売っているような無添加のものならOK。お昼ご飯も「あそこのうどん屋に行って食べなさい」と書置きと一緒にお金が置いてあったり、そうめんの麺だけ茹でてあったり。無添加にこだわりがあったようです。栄養面の事はすごく考えてもらっていました。

父は漁師で、母はイワシの加工場に勤めていたのでイワシは山ほど手に入りました。骨もまるごとふりかけにして、それを弁当にかけて行くとか、魚で育ちました。DHAをはじめ栄養面ではばっちりだったと思います。ゲームもうちにはありませんでしたし、携帯電話もない時代ですからから早く寝なさいと言われていました。
だから、身長が伸びたのは睡眠が十分だったのと栄養がいきわたっていたからだと思います(笑) 父も骨格が良い方でしたし。

まぁ、のびのびとまさかここまでバスケットを続けるとも思っていませんでしたし、ただ楽しいからやるというスタンスでした。他のメンバーが結構運動が上手でしたので、おお、勝ったぞ勝ったぞみたいな感じでした。中学の時もそうでした。中2になって身長がぐんぐん伸びて、あれよあれよという間に179㎝になって、ハマチというニックネームでしたので「ハマチにパス入れとけばよかとー」と。私も「高いパスちょうだい」とパスをもらってシュート決めるようなチーム。姉も大きいほうだったので、私が中1の時に鶴鳴(現長崎女子高等学校)の山崎先生が家に姉のリクルートにいらっしゃいました。それが恩師である鶴鳴女子の山崎先生との出会いでした。

鶴鳴女子・山崎先生の「山崎語録」

姉がその時にもらった「山崎語録 選手の心得」(※1)を机に置いていてなんだろうと読んでいるうちに涙がポロポロ出てきました。こんなことがあるのかと思いました。

中学までは山で遊び、海で遊び、好きなことは好き、嫌いなことは嫌い。自由奔放な一方で、心の中にイライラしたものがありました。それを発散する場所がなかったから、親に当たったりしました。いじめもありましたし、生きていくのも面白くない、なんのために生きているんだろうと思って、外を見ながら考えているような子でした。ですから、その山崎語録を見た時にうわーっという衝撃を受けました。

いいなぁ、お姉ちゃんと思うようになりました。また、身長も大きくなってきたので、バスケットを頑張って鶴鳴に入れたらいいなぁと。そう思う反面、でもちょっと無理だよね、と思っていた所、鶴鳴杯という鶴鳴で行われる中学生の大会に呼んでもらいました。鶴鳴から推薦の話が来た時の返事は速答でした。

※1 山崎語録(山崎純男先生のHPより)
http://www3.nagasaki-joshi.ac.jp/~s-yama1118kakumei191/materials/for%20players.pdf


前列向かって一番右が濱口選手

高校時代は人生の激変期
山崎先生に見抜かれた本当の私

晴れて鶴鳴女子に入学。すぐに山崎先生には私の本性、わがままさを見抜かれました。自由奔放に育っていて、姉がいつでも助けてくれていました。そこを叩きなおすために、姉にディフェンスをさせて練習しました。手を伸ばせば取れるルーズボール的なパスを私がキャッチ、それを姉が後ろから手を叩く。それでもボールをキャッチしなさいという練習でした。わざと姉に叩かせたりして、甘やかすだけが愛情ではないと、自分の気持ちも人の気持ちも大切にする事を学びました。小・中といじめにもあっていたし、顔のかわいい子が男子にももてて良い生活もできるし、お金持ち=幸せ。そんな子供じみた価値観でした。

高校で山崎先生に出会って、頑張れば上に行けるとわかりました。もうそこからはガムシャラです。自分、変われるかもしれない、と無我夢中でした。やればやるだけできるようになるし、できるようになれば試合に勝てるようになる。試合に勝てばみんなが一目置く。高校2年時には今のU-18、当時全日本ジュニアに声をかけてもらいました。
そうなると、長崎のテレビ局からも注目され、あれよあれよと自分では信じられないくらいの人生の激変期です。高校の勉強もすごく面白くなりました。中学校まではわけがわからなくて、成績もどんどん下がっていたし、勉強する気も出なかった。高校に入ったら仲間にも恵まれました。同級生として一緒に入った選手の中に成績の良い子が4人いたんです。聞けばみんな教えてくれる。いじめもないし、逆にいつも励ましあっていました。勉強もわかりやすく、楽しい。学校生活も充実、バスケットは無我夢中に没頭できました。最高の3年間でした。

浜松インターハイ優勝と挫折が選手寿命を長くした

練習はしんどかったけど、高3の浜松インターハイで優勝できました。中村学園女子に韓国からの留学生2人が入ったり、東亜学園のエース大山妙子さんも順調に伸びてきて、ウインターカップでは負けました。でも、今思えばそこで負けたおかげで、満腹感を得られずに実業団に入ることになった。自分はダメダメな選手なんだと思って入団したことが、ノープレッシャーにつながり、ダメでもともとという気持ちで入れたことがむしろ良かったのかもしれません。また、なかなか勝つことができず、7年、8年、9年と選手寿命が延びました。もしどこかで優勝を続けていたら、すぐに引退していたと思います。自分自身の、チームの初優勝は8年目でしたから。私の性格上合っていたのかもしれません。選手として出会いの妙、勝ち負けの運に関しては、完璧に恵まれたと思います。

高校時代の思い出といえば

週に1回体育館が使えない日がありました。その日はロードワークになるか、校庭でのインターバルトレーニングになるか。鶴鳴女子は坂の多い街・長崎らしく坂の上に学校があります。そのアップダウンの激しいロケーションから海辺まで走るわけです。「茂木のロード練習」というトレーニングで、港のある町まで山一つ降りてまた戻ってくる内容でした。距離にして全長11kmあります。そのうち4kmぐらいはずっと登り道で、それを50分くらいで走っていました。今思えばよくやったなぁと思いますね。

「しんどいところで、歩くか走り続けるかで、その差は小さいようで大きいんだ」と終ったときに先生が言った事を覚えています。意地で歩かないで完走しました。お腹は痛くなるし、脚は動かなくかる。それでも脚を止めなかったです。速度でいえば歩くスピードより遅かったかもしれません。

長距離の素質は多少あったかもしれません。学校代表で駅伝にも出ました。先生が面白がって出したんですけど。シューズを忘れる大失態で、母に持ってきてもらいました。
普段の練習は一瞬たりとも気持も手も抜けなかった。神経をぴりぴりはりめぐらして。それがしんどかったですよね。そうかと思えば、突然先生が今日は休みにするぞ、といってマイクロバスに乗って川に行ったり、魚釣りに行ったりしましたよ。父が漁師でしたので、私がみんなの分の釣り道具をこしらえました。アジゴ釣りといって、入れたら3匹ぐらいいっぺんに釣れましが、ただ、バケツに氷ではなく水を入れていたので食べられなくなってしまいましたけど(涙)
バスケのほうは、たまにスターターとして出してもらいました。周囲の反応はおもしろかったですね。「あの子がこんなになったの?」「えー!」って。中学時代はコートを1往復したらしんどくてひざに手をついて、はぁはぁしていましたから。腹筋はできないしね。


文:清水広美 / 写真:小磯典子提供

【第3回】 大山 妙子 (Vol.1) バスケとの出会い こちらから。

【第3回】 大山 妙子 (Vol.2) 高校進学~実業団(現WJBL) こちらから。
【第3回】 大山 妙子 (Vol.3) 日本代表入り~2度の五輪出場 こちらから。
【第3回】 大山 妙子 高校生へのメッセージ&プロフィール こちらから。
【第2回 前編】 川上 香穂里 高校バスケ時代 こちらから。
【第2回 後編】 川上 香穂里 全日本代表チーム~現在 こちらから。
【第2回】 川上 香穂里 高校生へのメッセージ&プロフィール こちらから。
【第1回 後編】 濱口 典子 全日本代表チーム時代 こちらから。
【第1回】 濱口 典子 高校生へのメッセージ こちらから。



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