2016/12/2

トップアスリートの高校時代 オリンピアン 【第1回 後編】 濱口 典子 全日本代表チーム時代

全日本女子代表チーム選手リレー企画「オリンピアンの高校時代」。
オリンピックに出場した“レジェンド”たちはいったいどんな高校時代を送ってきたのか、昔を振り返っていただきました。
連載の記念すべき第1回目は、アタランタ・アテネの2度のオリンピックに出場し、
国内リーグでは、現在のJOMO・アイシンAWでご活躍された通称「マック」こと濱口典子さんです。
前編では、バスケットボールを始めたきっかけから高校時代の思い出を語っていただきました。

高校生へのメッセージ&プロフィールはこちらから

濱口 典子(現姓・小磯)
後編:高校卒業後の全日本代表チーム時代・オリンピックの思い出

アトランタ五輪予選のビデオを今見返して

先日、実家に帰ってアトランタの五輪予選が静岡で行なわれた時のビデオを見ました。ジェットさん(加藤貴子)が最後に5ファウルで退場して、相手のフリースローが入れば負けは濃厚の場面。その時、中川ヘッドコーチはベンチを見て、私を呼びました。内心うわっと思ったけど、同時によしっ! と思いました。観客のもの凄いブーイング、そのフリースローが落ちて私はジャンプして喜んでいたんですよ(笑) こんなに大事な試合で、ジャンプして喜ぶかこいつ。エース(大山妙子)とかオーさん(萩原美樹子)たちはそんな露骨に喜べないじゃないですか。今振り返れば、居分にはこういうところがあったよなと思いました。最悪のKYというか。高校卒業後すぐにナショナルチームに入りましたが、これが2度目のオリンピック予選でした。

高校卒業後すぐのオリンピック予選はバルセロナオリンピックの予選。ビゴで行われました。センターを育てなければならないとのことで、私も12名のメンバーに入りました。当時の私は、ラリーにもついて行けなかった。合宿中、「試合に出られない時は空いた時間に練習をやるんだよ」とオーさんに教えてもらいました。わけがわからないまま、試合の時は足がガクガク震えベンチにいて、試合には出たい。3年間そんな状態でベンチにいました。その中で、金さんと出会って「お前はコート50周走りなさい」と言われ、最初は週1回1周16秒で走りました。もちろん通常練習にプラスしてです。翌年からは1日置きに、朝練の前に20分で50週走るというのをやりました。その翌年もやって、結果5年間やりました。やればやるほど成績が上がっていって、アトランタ五輪で初めてナショナルチームでスターターに入りました。それまではずっとベンチで中川さんを見て「出して~」とアピールしていました。でも出してもらえないから、自主練ばかりやっていました。練習以外の時間をどう使うかが重要。だから、ナショナルチームに行ったら大忙しの毎日でした。

アトランタ五輪

最初のロシア戦は緊張しました。でも、ユカさん(原田裕花)がチャージングをとった時に、「もう、やらなきゃダメだ、私も頑張る」と吹っ切れました。ユカさんはケガから復帰して、アトランタにきました。そのケガにおかまいなく、ロシアのガードにすごいプレッシャーをかけてやっているのを見て、なりふりかまってられないんだと思ったのを覚えています。

アトランタ五輪のアメリカ戦

準々決勝で、今年のリオ・オリンピックと同様にアメリカと対戦しました。ミチさん(村上睦子)、ジョー(一条アキ)さん、エース、ユカさん、オーさん、皆さんがゾーン状態に入っていました。スリーがぼこぼこ入る。自分は気後れしていてわけがわからない状態。

みんなが、あのアメリカ戦はすごかった、と振り返るんですけど、もし私も何か出来ていれば勝てたかもしれない。今でも申し訳ないと思っていますよ。正直、渡嘉敷選手があのメンバーにいたら間違いなくメダルは取れた。と、私はリオ五輪の試合を見て思っていました。
背の高い部分がマイボールになるかならないかどうかの違いだけですよ。日本のバスケットボールは今。特に女子は。ジェットさん(加藤貴子)、ジョーさん、オーさんは本当に凄かったです。ただ、吉田選手(亜沙美)はあのメンバーに見劣りしないものを持っていると思います。あとは高田、間宮両選手ですね。今若手に素晴らしい能力の選手もいっぱいいます。日本のバスケットもいつかメダルに手が届くと思います。

30台でアテネオリンピック

JOMOに入った時に大きな失敗をして総すかんを食らいました。でも、白石先生や甲野先生と出会い、内観にも行って大きく方向転換をしました。アテネオリンピックに行くころには、自分がリーダーとなって引っ張るのではなくて、他の選手にスポットライトを当てれば良いんだと思えるようになりました。若手選手、エース、ミラ(永田睦子),サンちゃん(川上香穂里)が輝ければこのチームは勝てる。そこにどうやってスポットライトを当てるか考えます。また、自分が練習すれば、後輩もやる。自分が荷物を持てば後輩が飛んでくる。いいよ、と言ってもいやいやとなる。そういうところは先輩面しなくてはいけないんだな、と先輩の苦悩も分かりました。
仙台でのアテネオリンピック予選の時は30歳。お祝いもしてもらいました。エースとサンちゃんが29歳、ミラがその2つ下。それが主力でした。SARS流行により延期でのびのびとなったあのアジア大会。その疲労もあり、そこまでの試合結果から行くと、3位狙いだったのでチャイニーズタイペイとまたあの静岡のような死闘を繰り広げなくてはいけない。これは韓国戦を捨てた方が良いと自分で判断しました。毎回全力でやらなくてはいけないかもしれないけれど、これは無理だ。スポーツのセオリーから行けば、真逆の判断でした。
決勝リーグの初戦、韓国戦では身の入らないプレイですぐベンチに下げられました。韓国の選手達は気付いていました。ベンチにいる私をちらっちらっ見るんです。必死でやる気のない顔、態度をしました。結果この試合にうちの若手選手が爆発して、最後エースがフリースローをびしっと決めて勝ち、アテネへの切符を手に入れました。

正直、私は今でもこの大会を引きずっています。良い、悪いは別としても、自分のこれまでやってきた集大成がこのような形…。
でも、実業団に入る時に「満腹じゃなかったから良かった…」そう、言ったように、あの時、あの経験があったから良かったと、言えるように、これからの人生を頑張りたいと思っています。

文:清水広美 / 写真:小磯典子提供

【第3回】 大山 妙子 (Vol.1) バスケとの出会い こちらから。
【第3回】 大山 妙子 (Vol.2) 高校進学~実業団(現WJBL) こちらから。

【第3回】 大山 妙子 (Vol.3) 日本代表入り~2度の五輪出場 こちらから。

【第3回】 大山 妙子 高校生へのメッセージ&プロフィール こちらから。

【第2回 前編】 川上 香穂里 高校バスケ時代 こちらから。
【第2回 後編】 川上 香穂里 全日本代表チーム~現在 こちらから。
【第2回】 川上 香穂里 高校生へのメッセージ&プロフィール こちらから。
【第1回 前編】 濱口 典子 バスケとの出会い~高校時代 こちらから。
【第1回】 濱口 典子 高校生へのメッセージ こちらから。



シェアはこちらから!!

新着記事

高校バスケ特集企画

トップへ戻る