2017/01/23

トップアスリートの高校時代 オリンピアン 【第3回】 大山 妙子 高校生へのメッセージ&プロフィール 

大山 妙子

高校生へのメッセージ&プロフィール

高校生へのメッセージ

 私は現在、日本のあちこちに、バスケットボール・クリニックに出かけ、そこで多くの高校生と出会っています。JX-ENEOSのクリニックもありますし、知り合いのツテで「教えに来て」とクリニックをお願いされることもあります。クリニックは毎週末で、年間で言うと、延べ60日以上やることもあります。ウインターカップでもイベントを行っています。

 昨年はオリンピックイヤーということで、講演する機会が多かったですね。2020年の東京オリンピックに向け、オリンピック・パラリンピック推進事業が始まり、最初に「母校の中野三中で講演してください」と依頼がきたのがきっかけでした。その後、各地の小・中学校や「夢先生 JFAこころのプロジェクト」、「未来プロジェクト」などで講演や実技指導をやらせていただいています。

 今バスケットボールをやっている高校生の選手は、バスケが大好きでやっていると思います。勝負にこだわっている選手、あるいは自分で好きで楽しんでやっている選手など、さまざまな思いとレベルでプレイをしているでしょう。バスケットを好きでやっている高校生が1人でも多くバスケをやってくれることを非常にうれしく思います。もちろん、トップを目指している人は、いろんな努力をして上を目指してほしいと思います。一方、楽しんでやっている人は、できるだけ長くプレイを続け、バスケットを愛し続けてほしいですね。

PROFILE

大山 妙子プロフィール

1974年6月18日、東京都中野区生まれ。
血液型はO型。 
現役時代は173cm/66kg。
ポジションはシューティングガード。
中野第三中学校(東京)3年次に全国中学校大会(山口)で優勝。
東亜学園高校(東京)では、2年次の石川国体で東京選抜として優勝。
3年次の宮崎インターハイ3位、ウインターカップ2位。
1993年、共同石油(現・JX-ENEOS サンフラワーズ)に入団。
チーム名は日鉱共石、ジャパンエナジー、JOMOと変遷したが、
4年連続2冠達成などJOMO黄金時代に貢献、個人タイトルも獲得する。
勝負強さがひと際光る選手として、多くのファンを魅了し続けた。
日本代表としては、アトランタ五輪、アテネ五輪に出場。
アテネ五輪では主将を務め、強いリーダーシップを発揮した。
五輪後の2004年に現役引退。
現在は、JX-ENEOS バスケットボールクリニック・アドバイザーとして活動する。
現役時代のコートネームは「エース」。
Wリーグ優勝(4回)、オールジャパン(皇后杯)優勝(8回)

◆日本代表歴◆
1994年:女子世界選手権(12位)
1994年:アジア競技大会:広島(準優勝)
1996年:アトランタ五輪(7位)
1998年:世界選手権(9位)
1998年:アジア競技大会:タイ・バンコク(優勝)
2002年:女子世界選手権(13位)
2004:アテネ五輪(10位)

大山妙子blog ちょっと一言
http://taekoohyama06.blog29.fc2.com/

取材・文:清水広美 / 写真:大山妙子さん提供

【第3回】 大山 妙子 (Vol.1) バスケとの出会い こちらから。

【第3回】 大山 妙子 (Vol.2) 高校進学~実業団(現WJBL) こちらから。
【第3回】 大山 妙子 (Vol.3) 日本代表入り~2度の五輪出場 こちらから。
【第2回 前編】 川上 香穂里 高校バスケ時代 こちらから。
【第2回 後編】 川上 香穂里 全日本代表チーム~現在 こちらから。
【第2回】 川上 香穂里 高校生へのメッセージ&プロフィール こちらから。
【第1回 前編】 濱口 典子 バスケとの出会い~高校時代 こちらから。
【第1回 後編】 濱口 典子 全日本代表チーム時代 こちらから。
【第1回】 濱口 典子 高校生へのメッセージ こちらから。



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