2017/03/7

トップアスリートの高校時代 オリンピアン【第5回】 山田かがり (Vol.3) 名短付高(現・桜花学園高)2年&3年次の思い出 

オリンピックに出た“レジェンド”たちはいったいどんな高校時代を送ってきたのか、昔を振り返っていただきました。それとともに、高校生プレイヤーへの熱いメッセージも。リレー方式でつないでご紹介します。ミラ(永田睦子さん)から指名されたのは、コートネームの名づけ親かがり(山田かがりさん)がリターンパスをキャッチしました。

山田かがり選手は、守山中(愛知)ではチームの全国優勝を8連覇に伸ばし、名古屋短付高校(現・桜花学園高校:愛知)でも名門チームのエースとして活躍。実業団ではシャンソン化粧品から富士通で活躍しました。高校時代からしぶといゴール下とサウスポーを生かしたシュートには定評があり、リバウンドやルーズボールと、球際の強さから玄人受けするプレイヤーとして名をはせました。

日本代表としても高校時代に世界選手権メンバーに選出され、アトランタ五輪、バンコクアジア大会に出場を果たしています。コートネームは名前のまま「かがり」。お父さんが命名したように、かつては灯台のかわりとなった篝火(かがりび)。そのあかりのように、周囲を照らし続けた選手です。一線を退いた後は指導者に転身。女子バスケットボール界を引っ張ってきた一人といえます。

Vol.3では、名短付高2年の大会の思い出と、高3で日本代表に選ばれ世界選手権に出場した後、インターハイを戦った思い出などを語っていただきました。

山田かがり

2年の国体は、美味しいものの思い出ばかり。
ウインターカップで再び富岡と対戦

2年の松山インターハイは、水ばっかり飲んで貧血になってしまいました。当時はトレーナーのレオさん(山口幸子さん:現在も桜花学園高校トレーナー)もいなく、体調管理の知識も足りませんでしたね。

北海道の国体は恵庭で、決勝はジェットさん(加藤貴子選手)のいる神奈川との対戦。正直、試合は覚えていません。宿泊したのが建設会社の社長さん宅でした。国体ではこうした民泊をするのが珍しくありません。あのころは国体食がそんなに厳しくなく、毎朝、山盛りのいくら丼を食べ、最後の日はなんと、バーベキューをしていただきました。毎日、試合は10時からなので早くに終わり。体育館の外で美味しいメロンやとうもろこし、じゃがいも、牛乳など、北海道のグルメを堪能した記憶しか覚えてないかもしれません(笑)。 2年のウインターカップでは2回戦の札幌山の手(北海道)に負けそうになり、レギュラーじゃない先輩たちが勝って泣いていたのを覚えています。決勝はまた富岡(神奈川)との対戦。ジェットさん(加藤貴子選手)とコウさん(竹内髙美選手:当時3年)がマッチアップだから、そこはつぶしあい。私が、左しかいかないドライブをガンガンして、“ごっつあんシュート”の数々で、たまたま得点が取れて勝てたような気がします(笑)。


北海道での国体に出場した愛知県の少年女子チーム


高3で全日本メンバー入り、
世界選手権から帰国して仙台インターハイへ出場

高校最後の年は、全日本メンバーになぜか選ばれ、5月にアイオワ大が来日して親善試合をしました。その時は中間テストと重なり、制服姿で東京の試合に行き、試合後に名古屋に帰って試験を受けてまた東京に戻りました。

新幹線の中でしか勉強はできませんでしたが、同級生が協力してくれたノートが完璧。授業に出ていないので、そのノートに書かれたことだけ覚えて、赤点を取らずにすみました。本当にありがたかったですね。

全日本チームでの練習は、高校生だし、右も左もわからなくてお姉さんたちにかわいがってもらいながらも、試合に出るにはいたらず、見て勉強の日々でした。毎日、何らかの雑用を探しては、チームで自分ができることをしていました。 海外遠征での試合では、バスで移動の際には行きのバスで道順を覚え、帰りはランニングしてホテルに帰るトレーニングをしました。「安全なところだけ通るように」とスタッフから言われていたので、ホテルの周りなどですが、ABC(アジア女子選手権)が開催された韓国では安全な道を選んで走って帰りました。おかげで韓国の道にめっちゃ詳しくなりました(笑)。

マレーシアでの世界選手権(1990年)に参加した後、仙台インターハイ(宮城)のためにチームに合流しました。この大会は調子が上がらず、準決勝の秋田経法大附戦は私と三澤(美保)がファウルトラブルとなり、周りにとても助けてもらいました。

この年は前年の苦い経験があるから、冷たいものを摂りすぎないように注意し、トレーナーのレオさん(山口幸子さん)もいてくれたので、治療のケアなどをして試合に臨めていたのが心強かったです。

決勝は、エース(大山妙子選手)のいる東亜学園(東京)との戦いでした。エースが1年生で、インターハイ・デビューの年です。



「すごい子だ」というのは周囲から聞いていて、ビデオは見ていたけど、対戦するのは初めて。正直、「すごい1年が入ってきたな」と思ったけれど、自分たちも負けられません。どう抑えるか必死でしたし、それを超えないと優勝はありませんから。

「自分たちの年は絶対に3冠を取ろう」と、チームメイトと話していました。何とかエースのいる東亜学園を倒して優勝。さらにありがたいことに、表彰式後にエースこと大山選手に「写真、一緒にいいですか」と声をかけられ、写真を撮った思い出があります。

そして3冠がかかった3年のウインターカップは、12月に入ってから足を痛めてしまい、診断の結果、疲労骨折が判明しました。高校最後の大会にケガを抱えながらの出場が本当にしんどかったのですが、トレーナーのレオさん(山口さん)をはじめ、周囲の絶大なサポートのおかげで、大会前も大会中も、連日、ハリや電気治療をしてもらい、無事に試合に臨むことができました。

それまで大きなケガをしたことがありませんでした。でも、最後のウインターカップは痛む足をかばいながらなので、動きは悪かったです。このシリーズの第2回に登場しているサンちゃん(川上香穂里さん)の話にも出てきたように、準決勝は小林(宮崎)との対戦でした。その小林を破って、決勝は中村学園女(福岡)との対決。楽勝ムードだった試合の流れを自分のミスによって逆転され5点のビハインドを瀬尾会ったものの、何とか逆転することができ、目標だった2年連続で3冠を達成することができました。


北海道国体から。ボールを持っているのが山田選手




※次回のVol.4では、シャンソン化粧品と日本代表での思い出を話していただきます。

取材・文/清水広美
写真協力/山田かがりさん

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