2017/04/16

トップアスリートの高校時代 オリンピアン 【第6回】 村上睦子(Vol.3) 春の選抜での快進撃と全日本ジュニア合宿

オリンピックに出た“レジェンド”はいったいどんな高校時代を送ってきたのか、昔を振り返っていただきました。それとともに、高校生プレイヤーへの熱いメッセージも。リレー方式でつないでご紹介します。山田かがりさんが指名したのは、シャンソンの先輩であるミチ。村上睦子(現姓・岩屋)さんがリターンパスをレシーブしました。

村上睦子(現・岩屋睦子)
Chikako MURAKAMI


あれよあれよの快進撃。春の選抜で決勝に進出

ガードとして本格的にやりはじめたのはシャンソンから。青海中ではセンター、星城高ではオールラウンドにポジションを固めず、ボールを運び、フォワードとして点を取り、リバウンドにも飛び込むプレイスタイル。チームは身長が低く、みんなで走るチームでした。

私の代は、春(3月)と冬(12月)の2回、選抜大会がありました。春は神戸開催。インターハイも神戸でした。その春の選抜で、愛知県予選を2位で抜けました。甲子園学院(兵庫県)のシードのブロックに入り、いい試合がでできればと思っていたら、その試合を接戦で勝ってしまい、そこから勢いに乗り小山城南(栃木県)、準決勝の市立沼津(静岡県)と対戦して勝ち、とんとん拍子に決勝に進出、また名短付(現・桜花学園)との決勝対決となりました。まさか決勝まで勝ち進めるなんて、自分たちの快挙に自分たちが一番驚いていました。

名短とは、愛知県の名南地区大会に始まり、県大会、東海大会、すべてで対戦。そして全国の決勝でも……。しかし、この全国大会でも負けて準優勝でした。

この選抜大会の戦いをシャンソン化粧品・中川文一監督(当時)が見てくださり、「シャンソンでプレイしないか」と声をかけてくれました。高校卒業後の進路については悩みましたが、私はず~っと名短に負けていて高校時代は2位ばかり。ですから 「今度は1回でいいから日本一になりたい」 と切に思い、シャンソンに進むことに決めました。

得意のドライブでゴールをねらう村上選手(神戸インターハイ)

春の選抜大会で決勝まで行けた要因の一つは、ドライブでした。マッチアップした相手を出し抜く瞬間の身体の使い方が、たぶん鋭かったのだと思います。ドリブルをつきながらのスピードの緩急、チェンジオブペース。ドリブルの技術で抜くというよりも、その瞬間の瞬発力、身体の入れ方でリングに向かえる。リングにまっすぐ行ける分、ゴールまで行けるチャンスが増えていたのかなと思います。

そして、コート上で誰がどこにいて、自分が切っていける道があるかどうか、いつもスペースを探していました。試合中、常に隙あらば「行けるかな?」というタイミングを計っているようなところがありました。

全日本ジュニア候補として強化合宿に参加

高校3年のときには全日本ジュニアの候補メンバーにも選ばれ、強化合宿に参加しました。合宿場所は第一勧銀(東京都目黒区)の合宿所でしたが、田舎者なので、キョロキョロしながら名短のみんなと井上(眞一)先生に連れていってもらいました(笑)。

名短の子たちはもちろんですが、ジェット(加藤貴子)や明星学園の子たちは合宿でもみんな場慣れし、堂々としていました。場慣れしてない私やオーちゃん(萩原美樹子さん=福島女)は、隅のほうでおとなしくしていました。そういう部分はプレイにも如実に出てしまい、大事な選手選考の強化合宿でしたが、自分のプレイが出せず、全然ダメ。だから結局、最終メンバーからは落とされてしまいました。

その合宿を終え、寮に帰って仲間の顔を見た瞬間、感極まって泣いてしまいました。チームに戻った安堵感とともに、自分のプレイができずに帰ってきてしまった悔しさなど、いろんな思いがこみ上げてきたんだと思います。全日本ジュニアの最終メンバーには残れなかったけれど、いい経験ができたと思います。

最上級生としてのインターハイとウインターカップ

3月の選抜で決勝まで勝ち進んだ星城でしたが、最上級生となった夏の神戸インターハイはベスト8どまり。最後の冬の選抜は東京で初めてのウインターカップでした。ジェットが2年の時の富岡(神奈川県)と対戦し、ベスト16で早々に負けてしまい、最後は原宿で遊んで東京を楽しんできた思い出があります(笑)。

3年のインターハイ、ウインターカップでは上位に行けませんでしたが、春の選抜で決勝を体験したことで、自分の世界が広がった気がします。「自分の力を試したい」という気持ちがきっかけで、その後、シャンソン化粧品、日本代表というバスケ人生を歩めたことは幸せでした。

高校での普段の練習と上下関係

星城高校では、走る練習が多かったです。朝練で毎日4㎞のタイムレースをやるのが一番きつかったです。朝7時にグラウンドに集合し、ラグビーのポールをぐるぐると走るのです。それが終わると、体育館に入ってのシューティング。その後、着替えて、食堂で朝食を食べてから授業に出るのが日課でした。

体育館練習でも速攻の練習やクリスクロス系の走る練習ばかりでした。ときに真夏でも体育館のドアや窓を締め切っての夜練習もありました。近所迷惑にならないようにとのことでしたが、スリーポイントシュートを10本連続で決めたら終わりなのですが、それがなかなか入らず、ずっと打ち続けていた覚えがあります。

一つ下の妹(村上由香子選手)も同じ星城に進学しました。いつも姉と比べられ、違った意味で苦労したのではと思います。姉妹でありながら、先輩後輩の距離は保っていなければならないのがすごくやりづらかったです。同期の子に、「妹だからといって公私の区別をつけてよ。ダラダラにならないようにやらないかんよ」と言われたことがあります。妹は、高校卒業後はアイシン精機でプレイをしました。

※次回のVol.4では、シャンソン化粧品に入団後、ポイントガードに挑戦した思い出を語ってもらいます。

取材・文/清水広美
写真提供/村上(岩屋)睦子さん

◆トップアスリートの高校時代 オリンピアン◆バックナンバー◆

【第5回】 山田かがり (Vol.1) バスケットとの出会い~守山中時代
【第5回】 山田かがり (Vol.2) 名短付高(現・桜花学園高) 1年次の苦い思い出
【第5回】 山田かがり (Vol.3) 名短付高(現・桜花学園高) 2年次&3年次の思い出
【第5回】 山田かがり (Vol.4) シャンソン化粧品での転機
【第5回】 山田かがり (Vol.5) 日本代表としてアトランタ五輪に出場
【第5回】 山田かがり (Vol.6) 母校と実業団のコーチを経験
【第5回】 山田かがり 高校生へのメッセージ&プロフィール

【第4回】 永田 睦子 (Vol.1)バスケとの出会い~純心女子高校時代

【第4回】 永田 睦子 (Vol.2) 高校での転機~オリンピック出場
【第4回】 永田 睦子 高校生へのメッセージ&プロフィール

【第3回】 大山 妙子 (Vol.1) バスケとの出会い
第3回】 大山 妙子 (Vol.2) 高校進学~実業団(現WJBL)
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【第2回 前編】 川上 香穂里 高校バスケ時代
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【第1回 前編】 濱口 典子 バスケとの出会い~高校時代 
【第1回 後編】 濱口 典子 全日本代表チーム時代 
【第1回】 濱口 典子 高校生へのメッセージ





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