結果レポート

2016ウインターカップ 帝京長岡 VS 北陸学院 3位決定戦

帝京長岡
(新潟県)
vs 北陸学院
(石川県)

49
  • 16 1Q 12
  • 10 2Q 9
  • 11 3Q 22
  • 12 4Q 16
59

3位 北陸学院 

ミッションポッシブル! 北陸学院記録更新の3位に

北陸学院は次々と石川県の記録を更新した。石川県勢男子として第4回(1974年)大会の石川県工以来、42年ぶりの4強。さらに3決でも帝京長岡を退けた。石川勢の3位は男子で初、男女を通じて女子の津幡に次いで、21大会ぶり2度目の快挙だ。29日に北陸新幹線で金沢に帰郷したメンバーを金沢駅で100人もの学校関係者.父兄らが出迎えた。改札口外でこれを見た道行く人も足を止めミッション(北陸学院の愛称)の活躍を一緒に祝福した。

 遡ること1年前。北陸学院の創部とともにチームの土台を作ってきた酒井、大倉(兄・龍之介)、古村ら1期生がこのウインターカップベスト16で敗れて引退.後輩にあとを託していった。新キャプテンを背負う#4小室は「不安しかなかった」と当時を振り返る。もともとはラクビー出身でがたいはあるが経験が少なく.その不安を埋めるべくバスケットの知識を詰め込み.練習後もバイクで脚を作り.ゴール下で留学生を想定した当たりの強さを鍛えまくっていた。その謙虚な人柄で経験豊富な下級生にノウハウを学んで蓄えていく。

 暗中模索の中.ようやく光が見えた。その手応えをつかんだのは6月地元で開催された北信越ブロック大会の二連覇を果たしたあたりだ。全国でも最も留学生センターの多い北信越は北陸学院にとって厳しくも全国大会を見据えた戦いができる価値ある経験の場だった。しかも地元開催で注目度もますます高まり.勝ち抜いて優勝できたことの意義.その戦い内容はインターハイ.ウインターカップにつながるものであった。

 ましてや今大会のベスト4チームの中で日本人選手だけのチーム構成は北陸学院だけ。初戦の松山工戦のひやひや試合も.夕方の試合に慣れておらず試合前に寝てしまった選手もいて身体のコンディションは最悪の状態でまったくキレがなかった。ミーティングや反省の元に翌日からは近くのジムを探して試合前に身体を動かすことで解消。懸念の準々決勝では名門・土浦日大を撃破してこれまでの最高成績である夏の8強を上回るベストへランクアップを果たした。ディフェンスからの早い展開とハーフコートのディレードオフェンスの両面を使い分けるクレバーなバスケットと.チームディフェンスが身上だ。

外角には.3P王#7高田.#12大倉をはじめ. 4チーム中最も多くの47本もの3Pを沈めている。リバウンドランキングでは留学生の名前がずらりと並ぶ中#4小室は50本で3位と大健闘。エース#12大倉にいたっては.スティール1位.ブロックショット1位は帝京長岡#14タヒロウと同率だ。さらに135得点(4位).フリースロー2位.アシスト.リバウンド6位と全部のデータでベスト10入りと驚くべき数字を残している。

その大倉も3決では前半0得点とミニからのバスケ人生初の最悪な出来から.後半は「3年のために」と気持ちを切り替え奮闘.3位に導いた。大会ベスト5入りしたのも「これはコム(小室)が一番にもらうべき賞だ」と大倉が言うと.小室は両手首をふって「ないないない!」と笑いながら即座に否定したのも.仲がいい北陸学院ならではのエピソードだ。

 日本人だけで北陸学院が躍進した理由を選手に尋ねると

「チーム力が高かった。試合に出ている5人じゃなくて全員が役目を果たしている。コムさんがでかい相手に身体張ってボックスアウト.外回りがそれを取りきる」(#13清水)

「共通理解と運動量。運動量でさばかれたらクローズアウト.守る守る守る連続」(#4小室)

「お互いの性格を知り尽くして.バスケットでもそれ以外でも一緒にいること。試合中も何を言ってほしいかハドルで声をかけるべきかわかっている」(#12大倉)と答えが返ってきた。

 しかし.大黒柱である小室をはじめインサイド3人が抜ける穴は大きい。新チームはこれまでとはまったく異なるチーム構成.バスケットスタイルになるはずだ。ひょっとすると#12大倉が4番ポジションになるかもしれない。だが大倉は「リバウンドはきつくなるかもしれないけど.いろんなポジションをやることでいろんな視野でゲームが見えるのは楽しい」とまったく意に介していないようだ。

「最終目標はあくまで日本一」(濱屋コーチ)。1期生が作った道.今度は3期生が新たなミッションの可能性を示してくれるかもしれない。

前半、強気なドライブでチームを引っ張った北陸学院#13清水

北陸学院#12大倉の(後ろにジャンプしながらの)華麗なフェイドアウェイショット

3P5本を含むチームトップの18得点で北陸学院を勝利に導いた#7高田

滞空時間の長いダブルクラッチを見せる北陸学院のエース#12大倉

4位 帝京長岡 

タヒロウの日本でのラストゲームはベスト4入り

今大会得点.リバウンド2位とその存在感を示し.帝京長岡を初のベスト4へとランクアップさせた原動力となったのが#14タヒロウ・ディアベイトだ。 

北信越大会で進路を聞いた時は.日本の大学でプレイすることを望んでいたが.父親.そして祖父が相次いで亡くなり.事情が変わった。マリに住み実家で家業を営む母親が帰国して継いでほしいと懇願。そのためにはアメリカかヨーロッパでビジネスを学びたいとポートランド大に行ったところ.その長身(203㎝)に目をつけたチーム関係者がタヒロウに声をかけ.英語も堪能なことで話しが進み.今月はじめに公式にNCAAディビジョン1のポートランド大側から進路が表明された。

タヒロウ自身.1年目から帝京長岡の主力センターとして活躍。昨年.一昨年は連覇した明成にいずれも上位への道を阻まれている。それだけに同じウエストコースト・カンファレンスのゴンザガ大でプレイしている八村塁との対戦を熱望している。

「初めての留学生で軸にと思っていたんですけども、その色が随分出たというか、努力家でした。だいぶ成長しました。最初はわがままなところもあったんですけど、ずいぶん我慢ができるようになって、最後までコミュニケーションをとってチームのために頑張るというところは、非常によくなったんじゃないかと思います」と帝京長岡・柴田コーチはタヒロウを評する。今後に期待するところは

「やっぱり、日本でいろんな人に学ばせてもらって、いろんなチャンスを得たんで、違うところで活躍してもらえたらなと。日本で学んだことは大きいと思います。物事の考え方や、バスケットのファンダメンタルもそうですけど。もっとフリースローは練習しないといけないですね」。

準決勝で福岡第一に再延長の末敗れた。みずからも5ファウル退場の憂き目にあい.最後までコートに立つことが出来なかったのが心残り。さらにその疲労も大きく北陸学院に後塵を拝して日本でのラストゲームは4位にとどまった。

「最後は残念でした。仕方ないことでこれからは後輩たちに頑張ってほしいです。彼らはまだまだチャンスがあるので.私たちができなかったことを来年も頑張ってほしい。本当はもっとフォワードプレイがしたかったけど帝京長岡で勝つためにはセンターにならざるを得なかった」とタヒロウは果たせなかった夢を後輩に託した。

 プレイ面でも絶対の信頼関係を築き.英語を得意とする#4神田が取材の時も通訳をかっでていた。それは来日当初だけでなく.もう日本語が堪能になっても「いいから一緒にいてくれ」と隣に呼んでいた。公私にわたって最も仲がよく.ウインターカップが最後のプレイになることを悲しんだ帝京長岡#4神田キャプテンにタヒロウとのエピソードを聞いた。

3年間タヒロウとプレイしてきて

「3年間すごいいい経験をさせてもらいました。1年の時に最初はどんな留学生が来るんだろうと思っていて、タヒロウがやってきました。寮の玄関から土足で上がってきたことを今でも覚えています(笑)

初めてプレイを見て、あ、これはハズレかも…アウトサイドばかり打っていた彼を見てそう感じてしまいました。ところが.一緒に試合をしてみるとゴール下がうまい.うまい! たまたま浮かせるパスができた俺が試合に多く絡めさせてもらいました。

もちろんぶつかることもあったけど、本当にタヒロウのおかげで今の俺があると思っています! タヒロウへのパスだけって言われても別にいい。それだけそのパスは自分にとって難しかったです

なんかまとまらないですけど、とりあえず3年間タヒロウとプレイできたことは貴重な経験となりました。コートの外でもたくさんコミュ二ケーションが取れて楽しかったです!」(帝京長岡 #4神田)

文:清水広美・写真:一柳英男

帝京長岡の大黒柱#14タヒロウ(白)に対し、素早くダブルチームでつぶしにかかる北陸学院(紫)

ウインターカップで全国3位になった北陸学院は喜びを爆発させた

スタメンで積極的に攻めていった帝京長岡#12池田(左の白)

厳しいマークに合いながら、両チームトップの28得点をあげた帝京長岡#14タヒロウ

短時間ながら大舞台で経験を積んだ2年生の帝京長岡#10小林

ウインターカップという全国大会のメインコートを経験した帝京長岡#11佐野

2年生の司令塔・帝京長岡#8祝(ほうり)はゲームメイクに苦しんだが、貴重な経験を積んだ

写真:一柳英男


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